
Theater Complex 00 -Master Piece 舞台芸術祭- 参加作品
権力そのものの実体の怖さを感じました。権力そのものは暴力的でなく、生産的で、人々によって客体化され幻影を生む、というフーコーの言葉を連想しました。二人の男が進んで権力に奉仕しようとする姿の滑稽さ。ベンの神経症っぽい態度。ラストは互いに殺し合うように仕向けるあたり、権力という中心があるなら、その企みの恐ろしさ。「ベトナムでは民族が殺し合う」というグリーンの言葉を思い出します。所々、「・・・なくない?」という台詞が現代的でおもしろかった。「ヤカンに火をつける」云々のやりとりは、方々で見かけるネタでつまらない。(山崎博保さん)
実はピンターの原作を読まずに来てしまったのですが、二人劇、非常におもしろかったです。特に中盤以降、二人の人物造詣が私なりに見えてきて以降、二人の間に漂う空気感、互いの作中人物としての気の保ち方等々、観る側に様々な過去を想起させるような感覚にとらわれました。・・・非常に楽しんで空間を共有できたような気がしてうれしかったです。
細長くて狭い劇場のスペースとそして灰色に塗り込められた壁の具合が、イギリスの地下室という雰囲気を非常にかもし出していたと思います。この舞台との近さが、演技者と観者の距離を感じさせずに、とくに最初のくつひもを結べなくてグズグズするシーンで、見ているこちらが手を出したくなる感じになり、引き込まれました。
PINTERを大阪風にアレンジしたところがよかったです。出演者たちのテンポもよかったです。
大きなストーリーや文脈を設定するのとは違った、一部屋の中で繰り広げられる二人の間での「テンポ」や「間」、「緊張感」に引き込まれました。
すぐ「ゴドー待ち」を連想した。不条理劇は好きなのだが、なぜかを考えると、日常のなかに裂け目をつくり、見えないものを見せてくれるからだと思う。芝居は理屈で考えるだけの批評性ではなく、そこにひとつの空間をつくってくれる。
原作を知らずに観ましたが・・・難しかったです。アフタートークを聞いて原作やイギリス?に興味をもちました。
久しぶりに観させていただきました。独特の世界観良かったです。美術も良かったです。
素敵な空間です。物質が重層的。/不条理ということで楽しみにして来ました。カミュにおいては不条理は魅力的なものなのだけど・・・
ちょっと内容が難解だったが、演技はよかったと思う。
他では観られなさそうな劇。おもしろかったです。
内容が難解で、原作を読んでいない人からすると分かりにくい。二人の主人公の会話はおもしろかったが、どんな話を伝えたいかまでは理解できなかったかも。それから反対側にいる時は声が聞き取りづらかった(小声の時)。でも、熱心さは伝わってきたと思う。
映画館でみる映画のスクリーンの中に自分がいるような感覚でした。
会場がさむかったです!
二人の登場人物の性格上のこだわりがまずは鮮明に打ち出されているのが興味深く、会話の裏に広がる世界を感じることができた。分からなくても良いのだということで安心。
不思議な空間ですごく引き込まれた。おもしろかったです。
俳優二名とも声が良く、雰囲気あった。洋画の一場面的な感じ。
ロプロプ(ベン役)さんの演技におびえ、直立演人さんはよくしゃべるなあと思いました。退屈しなくてよかったです。
はっきり言ってよくわからなかったですが、そのよくわからなさがアフタートークで明快に説明されてしまいました。何も知らずに観たことが吉とでたのか凶とでたのか・・・。これから演劇を観る機会があれば、また、今日のことを思い出してみたいです。
今日は朝から調子が悪かった。調子の悪い日というのはあるものだ。日々監獄の中で生きている我々は、結局自分を隠しながら生きていかざるを得ないものだ。不条理劇とはいえ、非常に合理的に見えた。ウェーバー。
まず最初に、照明がすばらしかったです! 闇(影をみながら芝居をみていたような気がします)を作り出す部分、すごく良かったです。さらに、・・・ロプロプ(ベン役)が光の当たり具合を調整しながら演技していたのも印象的でしたが、それを見据えてのライティングが見事でした。・・・不条理・・・起承転結ではなく、一つの絵というか一つの物体というか、こうした一つの塊を一つの世界として、ドンってふりわけられているのかな・・・。一生の中いろいろなことがあると思いますが、一つ一つの事例に因果関係ってないじゃないですか。ガス(直立演人)が思いつくことをどんどん話していくところ(サッカーとかね)が因果関係の崩壊っていうかんじでボクは好きでした。ベン(ロプロプ)の「妥協」ってのもわかるような。軟体である演人を周囲からロプロプが固めて形にしているようなイメージです;-)。(鈴木達人さん)
普段社会生活の中では封印している「無意識」の領域がまた呼び起されたようだ。坂口安吾ではないが「堕ちきれる」程人間は堅牢ではない。不条理演劇は坂口安吾の「堕ちる」ことの意味を再認識させてくれる。/今回の演劇はイメージ(絵)として鮮明に心の中に入ってきた。白と黒のコントラストによる「二面性」は言葉よりもずっと心に深く刻み込まれている。まるで夜中に悪夢にうなされて起きた時のよう鮮明な映像になっている。ラストのシーンも銃口を向けているのは一体誰なのか、もしかしたらもう一人の自分に向けているのではないかと思えるほどのインパクトのある絵だ。そう考えると、この芝居の白と黒は実は一人の人間なのではないかとさえ思えてくる。昇降機、白と黒、いずれも自分と他者、自分自身の中にある疎外感を見事に表現しきっている。/それから、俯瞰を許してもらえない作品でもあった。例えば靴からくずが出てくるシーンだ。「白服」にフォーカスすると、「黒服」の新聞越しに盗み観る表情は決して見ることができない。「観客」として安全な場所からではなく、あたかも隣の部屋から観ているような気分にさせられてしまった。枕の下から拳銃が出てきたとき、流れ弾に当たるのではないかという緊張感を持ったのは自分だけではないだろう。それくらい舞台と客席は一体化している。/最後に、これはさすがに偶然だと思いたいのだが、ストーブにやかんが「火にかけられていた」。観客は席に着くときから「やかん」に注意し、そして芝居が始まると同時にストーブの火が止められる。やかんはその後舞台に引き継がれ、舞台ではやかんが実物として出てこなくても、十分リアルに想像できた。なにせ先程までやかんを「観て」いたのだから。そう考えると、観客が席に着く時点からこの芝居は始まっていたということになる。やかんの蒸気が会場の湿度を保つためのものであったとしても、その役割はそれ以上であったのではないだろうか。「神は細部に宿る」けだし名言である。(福澤直之さん)
岸(ロプロプ)さんがセリフ芝居をやっておられるのを、ちょっとびっくりしました。
期待以上に楽しませていただきました。洪さんも述べられていたように、配役が絶妙だったと思います(身体的な意味で・・・)。原作を読んでいないので、追々読みたいと思いました。あと、ジョン・トラボルタの映画も観てみたいですね。
演劇を観るのは殆ど始めてでしたが、緊張感があって面白かったです。また、舞台装置を含めた会場の雰囲気も素晴らしかったです。パンフのデザインも真新しく、気に入りました。
最後のシーンはランニング+トランクスだけの方がいいです! 妙に納得してしまった。っていうか、通しも含めて4回もみると、自分の頭の中に条理であるストーリーを組み立ててしまいますね;-)。不思議なもんですが、これは良いことなんでしょうか・・・??? 朝ごはんに米を食べ/昼にパンを食べ/夜に米を食べ/そこに因果関係も/理由も何もない/そんな不条理、我々が日々を過ごすことはしそのまま不条理なのか。・・・「劇中劇」:このアプローチはおもしろいですね。明日はこれを意識してみます、「抽象・具象」:あ、これは納得っす。具象的なものを積み重ねていって結果的に抽象になってしまう。現代美術にありそうな感じじゃないですか。(鈴木達人さん)
想像がいっぱいできました。私はベンが誰を殺すかわかってなくて、ドアから出てきたガスに対して驚きとショックが見えました。そんな風にとらえましたが、原作を読んでみたくなりました。・・・料理昇降機とか電話みたいなのとか急に出てきて、しかけがおもしろかったです。狂うシーンとたわいもない日常のやりとりなど、いろいろと記憶に残る印象的なシーンがたくさんありました。アフタートークの洪さんの話、とてもおもしろかったです。
コマンドのすれ違いがおもしろかったです。唯一成立したのが注文されていない食料に対するクレーム、というのがなんとも。不思議な作品ですね。
今夜寝る前に、どうしてガスが殺されなければならなかったのか、考えてしまいそうです。・・・いい人だったのに。
おもしろかったです。こういう劇を見るのが初めてだったので、新鮮でした。自分なりにこの作品に対する解釈をしてみようと思います。
ちょっと前にジュリエット・ビノシュが出ている映画を観たら、パンフにビノシュが最近ピンター作品の舞台に立ったって書いてあって「おっ!」;-)って思いました。(鈴木達人さん)
いい芝居でした、ピンターの作品を観ることができ、満足です。今、巨大な組織の一部として、切り捨てられることを恐れびくびくしてい生きている私にとって、身につまされる舞台でした。また観たい舞台です。
久しぶりにエスプレッソな舞台を観た気がします。一つ一つが大切に積み上げられていって、最後にすべてが真ん中をスコーンとぬいてしまうような感じでした。観て大変気持ち良い作品でしたー。
ガスの、指示の応えられなくてはならないのに、何が起きるか全然予測できなくてウワーとうなる所が、自閉症児そのままだった。自閉症はコミュニケーション障害なので、この劇はコミュニケーションを成り立たせているものを奪われた状況の表現なのかと感じた。地下室が自分、外が相手、みたいな。(岡本駿一さん)
"Wait-er"には「待っている人」という意味もあるのでしょうか。それならば、"Dumb"どころか「やかましい待ち人」ですね。演人(ガス役)の「明度」は一定であるのに、ロプロプ(ベン役)が時に「きらびやかに」時に「暗黒に」なるため、むしろ相対的に演人の「色彩」が浮かびあがる。ガスの明滅があざやかである。この辺(=舞台上手の角)で観ました。絵画としてはこのアングルがいいぞ! このアングルだと客も見えていいですね。昼の回で佐藤さんが言われていた、寺山修司のことばを思い出します。客も含め芝居なのですね。「やかんに火をつける」って演人(ガス)が先に言っちゃってませんでした?(笑)。料理昇降機程度にオタオタする殺し屋のナンセンス。ようやく気付いた! 殺し屋とレストランって不条理な組み合わせ、っていうかナンセンス? 上の階の住人がだれなのか/マッチは何かの暗号なのか/ベンは全てしっているのか、そうした疑念が妙にサスペンスフルなのだ。ロプロプ(ベン)が上のレストランに対してやたら気をつかうのは不整合な感じがしておもしろい。(鈴木達人さん)
僕は原作を読んでいないので、最初から全体像を自分で描きながら、あらすじを考え ながら観ていた。最初は文字通り二人のウエイターの話だと思っていた。ところが拳 銃が見えたので、殺し屋なのかなと思った。ガスの不安そうな身振りや口ぶりから雇 われた殺し屋でしかも労働条件がよくないことが分かった。もう一人のベンがガスの 上司だ、と言ったので、二人がサラリーマンのような上司と部下であると分かった。 ガスの不安は、おそらく殺し屋のガス自身が殺されるのかな、と推測した。この当た りでヘミングウェイの小説を思い出した。確か『殺し屋』だったと思うけれど、殺し 屋に殺されるのをじっと待っている男の話だった。『ボクサー』だったかな? だん だんと話が分かってくる、という感覚は非常に良かった。僕は100%ガスに感情移 入できたわけではないけれど、ガスのような不安は何故か共感するところが多かっ た。一生懸命会社の為に働いて、あげくの果てに会社からリストラされる、そんなサ ラリーマンを連想した。ガスは仕事をさぼるべきだった。おそらくガスも殺し屋とし て真面目に勤務していたのだろう。サラリーマン社会でも、真面目一辺倒ではつまら ない人間だと思われる。しかし賭博・女遊びなどにのめり込むと破滅の危険がある。 我々としては、くそまじめと破滅の間を上手に通っていかなければならない。これは 僕の空想だが、殺し屋会社の首脳部にとって、ガスは余計な人員となった。したがっ てリストラしなければならない。ベンは上司として、ガスを始末する責任があった。 だから、不条理劇「おとなしい給仕」は、リストラ劇である。ガスは人員削減リスト にしたがって殺されるのだった。不条理とは、リストラのことである。こんな風に 思った。(森光広治さん)
料理用のエレベーターを用いて、この一点のみにより外界と接触しているという設定がとても面白かった。この設定をよく活かした演技がとてもよかった。シニカルな感じがとてもよい。アフタートークが、作品の理解を深めてくれてとてもよいと思った。
怖いな~、というのが率直な印象でした。不条理劇、ということですが、個人的には筋が通っている気がしました。どう筋が通っているのかは言葉で説明できませんが。
Dumb Waiterは「愚かな待ち人」という意味ではないのですか? それと「無言のサーバー(料理昇降機)」とかけられているので、「おとなしい給仕」という訳はちょっと変ではないでしょうか?
ごく自然に受け止めて楽しめました。普段見る一般向けのお芝居は、とにかくストーリーがわかり易くなければならないということが大原則の一つかと思いますが、今日のように、日常と非日常がかみ合わない様な、あるいはクロスオーバーした様な、あとで頭の中で反芻して楽しめるお芝居も面白いものだと思いました。・・・アフタートークでそれぞれの感想を混ぜ返すことは必要ないような・・・ゲストも不要です(堤 透さん)
セリフ劇でしたので素人の私にも充分楽しめました。密室での話だったけど、昇降機の存在が外の世界とのつながりを感じさせて閉塞感をやわらげていました。お二人のやり取りもおもしろかったです。それぞれの人物の個性が出ていました。
舞台の作りが変わっていて面白かったです。新聞をパシーンと叩く音にドキっとした。こわかった。声や話し方に少し引き込まれた。シニカルでおもしろいです。
料理昇降機の音が変だった。
演劇の舞台のもつ独特の緊張感を感じ取れました。見た印象は、始まりも終わりも「何となく」の感じでした。次から次へと様々な出来事が起こるのですが、それらの意味をとらえることができず、常に理解を断念させられているような気がしました。そして一つの筋が通った理解をあきらめたときに、この演劇のイミが全体から浮かび上がってきた気がします。しかし、個々の要素も、何の意味ももたないのではもちろんなく、それらが一種の化学反応を起こして二元性や対立を越えたイミをもっているようでした。個々の要素を何とつなげてとらえるかによって意味作用が全く異なってくるという点で、この演劇は無限の理解の可能性に開かれているのではないかと思います。(白澤将仁さん)
原作を知らないのですが、アフタートークもとても興味深く、あらためておもしろいなと思いました。
演劇を初めて観ました。俳優さんの息づかいがこちらにまで聞こえる位の距離感が不思議でした
正直よくわからない部分が多かったのですが、その分いろいろ考える部分が多かったです。あれだけわからないことが多い中で、引き込まれることができてよかったです。僕の一番印象に残ったとことは、観客から見て右の部屋が一体何であるのか、これがなかなかいい解釈ができていない部分です。ラストシーンで右から入った直立演人さんが左から現れることでますますわからなくなってしまいました。また、帰りながら考えたいと思います。
劇場全体の雰囲気と演出、劇の内容がマッチしていて、おもしろい体験でした。舞台を横長にとるのも効果的だと思いました。ただ、横から見ていた方には気の毒だったかも。
最後までどうなるかわからない話でおもしろかったです。というか、最初からどういう状況の話かも見えなくて、なんとなくだんだん二人は殺し屋っぽい?とわかったような。でも謎。通話器で話す場面がおもしろかった。「はー?」が特に。文学のことは全くわかりませんが、舞台のみためも対称的でおもしろかったです。・・・
原作を知らなければわからないかも、内容が。アフタートークの解説でなんとなく意味がつかめたような、後付けで。しかし、サブマシンガンを警備しているのにはおどろいた。
おもしろかった。原作を読んでみようと思った。
次にも、また、きます。(原田潔さん)
天井・壁の舞台効果が非常におもしろかったです。それらが存在することによって、提示されている空間が限定され、狭さ・閉塞感を強調しつつ、「部屋性」を際立たせることで、日常性・現実性が窃視的に感じられました。ゲストお二人のアフタートークも興味深かったですし、純粋にお芝居として楽しかったです。
最初から引き込まれました。対照的な演出。全てにおいてコントラストが効いていた気がします。面白かったです。ありがとうございました。
観れば観るほどおもしろくなり、発見があるということに驚きます。ロプロプ(ベン役)さん、セリフ劇に興味ないとは言わず、どんどんやってほしいです。見るごとの変化はBENの振れ幅なのかな。いや、最初はほぼGASしか見ていなかったので、ボクが視点を徐々にBENに移していったゆえの変化なのでしょうか。/「つながらなくなってくる」っていう感想には納得ですね。/昨日、(演出補佐の)径一郎くんが言っていた、「不条理というものはない」という言葉が印象に残っています。そもそも、これは不条理である、という明確な定義にしてしまえば、それはすでに不条理でないような・・・。「不条理がない」という不条理の方が納得できるな・・・と。/不条理と思われる空間にいくらでも条理の矢を貫くことができる。/昨晩より今日の方が緊張感あって、ボクは良かったです。ロプロプ氏の「恣意性」が感じられました。それをロプロプ氏は「雑念」と表現していましたが、それは当然「色」としてあるべきだと思う。(鈴木達人さん)
『おとなしい給仕』の公演、とても感銘を受けました。劇自体の内容もさることながら、帰りの電車で読んだ、「改演」をめぐる事情について。創造の場であるはずの「翻訳」が資本主義に支えられた権力に押さえつけられているという現状とそれに挑戦する今回の「改演」。劇全体のモチーフである「不条理」が今この現実に具体的な形で浸透しているということ。それに対して他ならぬ「不条理」劇の「海賊公演」という形で対抗するということ。公演に至るまでのご苦労を考えると、この巡り合わせを前に単に感動しているのは忍びないことですが、それでもそういった背景が今回の公演を迫力のあるものにしているのだと思いますし、ピンター作品の上演として、希有な形での「成功」へと導いているのではないかと思います。/ほかにも、パンフレットに掲載されていた演出や解釈をめぐる考察についても興味深く読ませて頂きました。準備段階での様々な考察や、造船所の跡地という不思議な空間、「海賊公演」という挑戦、それらすべてが一つの作品に収斂していると感じた、貴重な芸術体験でした。/『おとなしい給仕』というタイトルも、たしかに的を射た改題になっていますね。さいしょはよく分かっていなかったのですが、劇を観た後に考え直して、そうだったのか、と思わずにやりとしていまいました。(西村木綿さん)
ほんとに、素晴らしかったです! 演劇のことをあまりよく理解出来てない私ですが、最初の、直立演人(ガス役)さんが靴を結ぶところからすっと引き込まれてしまいました。モノトーンでコントラストが効いていた、舞台上の物やお二人の着 ている衣装、(でも靴紐を結ぶシーンがあるから、あえて靴は黒でなく赤茶色 だったのでしょうか?)昇降機から注文が降りてきたり上がっていったり、それに右往左往するお二人の掛け合いも、とっても面白かったです。/熱演でした!/改めての上演が出来て、ほんとによかったですね。私もいろいろと考えながら観ていました。これからもふとした瞬間にきっと昨日の劇中の言葉などをきっと思 い出すことでしょう。そういうきっかけをいただけて良かったです。
訳を変えている意図がちょっとわからない。元の訳を知らないのですけども。
演者との距離感が不思議な感覚を引き出してくれた。
「こんな面白い芝居はない」と知人が昨夜メールをよこしたので、かなり無理をして娘と二人で観に来ました。とてもおもしろかったです。ベンとガスの高まっていく様子を見ながら、職場での自分や社会の中での自分がまざまざ感じられてきて、見えてきて、思わず悲しくなりました。娘は直立演人二人に元々興味があったようです。ハロルド・ピンターにも直立演人二人にも興味がわきました。(岡田祥子さん、岡田蕗子さん)
すごくおもしろかったです。大阪でこれが観られることが本当にうれしい。次も期待しています。
不条理劇ということで少し身構えていたのですが、二人の掛け合いがとても具体的で、すぐに引き込まれて面白く観ていました。何度も笑いそうになったのですが、観客席が静まりかえっていたので笑ってはいけないと思い、声を殺して笑っていました(他の回は笑いの渦だったとトークで聞いて、他の回も観てみたかったと思いました)。「権力」というもののしょうもなさ(大して根拠のないところに生成してくる、という性格)が見事に表現されていると思いました。
中心の不在+ディスコミュニケーションの話だと思う。つまりは神学的なドラマだと思った。
観たことのないタイプの演劇で楽しめた。言葉を発する瞬間の緊張感が心地よかった。
直立演人(ガス役)さんの入り方が自然で、その後徐々に劇の緊張を高めて行かれたのは圧巻でした。二極対立がいろんなところにちりばめられていて、また、権力の構造の恐ろしさに・・・。でも、60年代?ぽくてちょっと古いかな。今の時代、二極対立とは・・・
消化しきれない感じでした。
内容がよくわからず、2,3人ほど寝てた人がいた。
権力構造は今も全く同じ。しかし! この劇には「希望」がない。たとえば、ポールオースターの「最後の物たちの国で」のように。(仲野実さん)